かすみ日記

裁判傍聴に行ったことはありますか

投稿日:2008/10/09/ | カテゴリー:日記

弁護士  福田貴也 
 
 
1ヶ月ほど前、上野動物園の年間パスポートというものを購入した。1年間入園フリーで2400円也。大人1名の入園料は600円だから、4回行けば元が取れる計算である。
たまたま多摩動物園(シャレではありません。)に遊びに行き、それがずいぶん楽しかったので、一気に私の動物園熱が発症した。多摩動物園の翌日に上野動物園に遊びに行き、パスポートを目にして購入を決断したのである。2日続けて動物園に行く人はそう多くはあるまい。
上野動物園が私の住まいから近いのも理由である。不忍通りを自転車で10分程走れば裏門(池之端門というらしい)に着く。ちょっとした運動に丁度いい。
一度買ってしまえばお金がかからないし、何せ近い。飽きたら即帰宅してもいいし、いつでもまた来られる。ゆったりとした心持ちで動物を眺めると、どういうわけか、却って飽きもせず長時間眺めていられる。
そんなわけで、年間パスポートで早3回上野動物園に通った。このかすみ日記を書いている時点で、今週末はちょっくら行ってこようと考えているから、さっそく元がとれそうである。目下のお気に入り動物ベストワンは、コビトカバで、眺めているだけで癒やされる。
我ながら実にいい娯楽を見つけたとニヤニヤしている。もう1つの趣味である城巡りと併せ、当分休日の過ごし方に困ることはなさそうだ。

 
話は変わって、最近、刑事裁判のために法廷に行くと、傍聴人がたくさんいることが多い。ここ数年増えた気がするが、ちょっとしたブームなのだろうか。皆さんは裁判傍聴に行ったことがありますか。
ざっと見ると、傍聴人は比較的若い世代が多い。一番多いのは、2,3人の学生風グループで、時間的余裕のある法科の学生といったところ。さすがにサラリーマンは殆どいないが、おじさんおばさんも多い。

 
裁判は原則公開である。憲法82条1項が「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」と高らかに宣言している。だから、誰でも自由に見学できる。誰かに許可を得る必要はないし、一言ことわる必要もない。ただ、裁判を行っている法廷を探して、黙って法廷に入り、黙って傍聴席に座り、黙って見学すればよい。
憲法は、刑事裁判のみ公開と定めたわけではないから、民事裁判の法廷を探して傍聴をしても構わない。ただ、民事裁判を見学しても、何をやっているのか話が分からない。民事裁判は書面のやりとりによって手続の大部分が進行するからだ。だから、通常、傍聴人はいない。
対して、国家刑罰権の発動という重大局面の刑事裁判では、手続的な正当性も重視され、法廷での口頭のやりとりが殆どで、形式を踏んで進行するから、傍聴人にも理解しやすい。また、関心も持ちやすい。
こうして、裁判を傍聴すると言えば、一般的には刑事裁判の傍聴を指す。
刑事裁判の多くの事件は、自白事件-被告人が起訴事実を全て認めている事件-である。1回の公判だけで、起訴状の朗読から論告弁論までの審理が全て終了し、次回期日に判決言渡しが行われる。したがって、起訴から判決までの刑事裁判手続が理解しやすく、全て傍聴しやすい。
逆に、否認事件-起訴事実が争われている事件-では、ドラマで見たような証人尋問等が行われ、弁護側検察側の攻防が激しい。その意味で、緊迫感のある手続が見られるが、何度も公判期日を重ねることになるから、刑事裁判全体を見て理解するのは大変である。
いずれの事件を傍聴するにせよ、そこに携わる人間には様々の事情があり、様々な背景がある。ワイドショーなどで単に扇情的に語られる、テレビの中の裁判とは違うものがある筈である。考えさせられることはきっと多い。
平成21年5月21日に裁判員裁判が始まる(根岸清一弁護士が執筆したかすみ日記第32回参照)。もし裁判員に選ばれたら自分はどう判断するのか、そんなことを考えながら傍聴してみては如何でしょうか。
ただし、傍聴にあたって注意しなければならないのは、ほとんどの刑事事件には被害者がいて、場合によっては遺族がいることである。その人々のことをけして忘れてはならない。