かすみ日記

非常勤の国家公務員

投稿日:2008/04/28/ | カテゴリー:日記

弁護士 齋藤則之 
 
この3月末日を以って東京家庭裁判所の家事調停委員を退任した。在任期間は8年。扱った案件は遺産相続がメインだった。いくつか感じたことをご披露して春の雑感に代えたい。

 
その1 相手方の意見を聞いてはじめて分かる問題点。相談者の言い分を鵜呑みにしない。

 
調停は、当事者双方を相対で論争させる場ではない。バトル回避が前提。
双方、別々に事情を聴取する。
申立人から聞いてみると相手はトンデモナイ悪党に思える(と思い込んだこともある)。が、相手方から事情をうかがうと正反対に近い話が出てくる。事実はひとつ。しかし、人によりここまで見方は変化する。真実がどこにあるかは知る必要はないが、対立点について、角度を変えて質問してみると、双方の言い分に嘘があるわけではないが、取り違え、価値判断の相違、又聞きによる決めつけなどが重なり、全く別のストーリーとなっていることが分ってくる。事件の本人は自分が正しく相手は間違っていると思い込む。それが不信感の源泉と化している(それが闘うエネルギーの源泉となっているのも事実)。当事者の代理人として調停に臨んでも実感に乏しい(弁護士は自分に依頼人の主張は正当であるとして攻撃防御に努める。だから、弁護士が就いているから真っ当な申立をしているとは一概に言いきれない)。調停委員を経験して始めて分った私の実感。

 
その2 裁判官を無償で弁護士代わりに利用できる(?!)のが調停である。

 
そんな馬鹿な、と思われるだろうが、いま少し読み進んでいただきたい。
双方の言い分は平行線。とても雪解けは期待できそうにもない。しかし、調停はここから始まる。足して2で割る方式は、今は昔の話し。調停委員も結構努力するが、所詮は調停委員。その道の専門家(家事審判官である裁判官)の援助を求めない手はない。難しい案件は調停期日の都度、裁判官と協議して、裁判例、実務の傾向など説明を受け、解決案を調製する。調停委員が提示する解決案は公的判断を念頭においた提案であることも珍しくない。思い切って受け入れよう。決断した自分を褒めてあげたいと思う日が来よう。
よく、家裁に呼び出された、と聞かされる。当事者はそんな受身の姿勢ではなく、どんどん質問をし、説明、指導を求めるべきである。家裁もそうした積極的な当事者を歓迎する。家裁で高レベルの法律相談を受けるのと同じ。しかも無償。こんな旨い話があるのである。
家裁は弁護士の業務を荒らしをしているのか、と思うこともある。これが第2の実感。

 
その3 調停は意外とスピーディー。早すぎるほど早いのである。

 
ちんたらちんたら調停なんかやってる暇はねえ。そうかも知れない。しかし、そうではない。調停であろうと、裁判(審判)であろうと当該事件の問題点は同じである。
遺産分割を例にとると、取得割合をどうするか、金銭評価は簡易鑑定でよいか、いずれも簡単には決断できない。眠れぬ夜がつづく。次回期日まで約1か月、当事者にしてみればあっという間の時間である。しかし、この宿題をこなしていけば調停の方が圧倒的早く解決するのである。これが第3番目の実感である。
断っておきますが、すべて東京家裁における執務経験の感想です。

それにしても調停委員という仕事には気を使いましたねえ。聞く時間も平等にと心がけ(相手方に肩入れしているとの誤解を招かないため)、常に穏やかな態度で接すること、私の最も不得意とするところで、しかも、当事者は交代しますが調停委員は2時間ぶっとうしで応対するものですから、へとへとになることもありました。納税者である皆様方、こんな重宝な制度を利用しない手はないと思いますよ。

初めて知ったのですが、調停委員は家裁の嘱託程度の認識しか私にはありませんでしたが、実は、非常勤の国家公務員なのです。ご奉公のご褒美に、調停1回につき、金9,000円也の「手当」を頂戴していました。