かすみ日記

あなたも私も裁判員

投稿日:2008/03/27/ | カテゴリー:日記

弁護士 根岸清一  
 
来年2009年5月から裁判員制度が始まりますので、今回のかすみ日記は裁判員制度について書きたいと思います。
裁判員制度は、国民から選ばれる裁判員が、刑事裁判に参加する制度です。裁判員に選ばれると、3人の裁判官と共に刑事裁判に立会い、被告人が有罪か無罪かを認定し、更には量刑も一緒に判断しなければなりません。裁判員は6人選ばれますが、3人の裁判官と発言権は対等であり、有罪か無罪か、量刑をどの程度にするかについては、一人ずつ1票の権利を持って決定することになります。

 
今までのように、専門の検察官、弁護人、裁判官だけで結果が決まるのとは、大違いです。当初は1年間で裁判官になる確率は、330人から660人の内の1人ですから、相当運が良くないと、裁判員にはなれません。
あなたが若し裁判員に選ばれたら、どうしますか。
この裁判員制度は、普通の国民が参加することによって、健全な庶民感覚を刑事裁判に生かしてもらおうとする制度ですから、できるだけ積極的に参加して頂きたく思っています。

 
実は、日本では戦前に一度、陪審員制度を導入したことがあったのですが、陪審員制度の利用を被告人の選択に任せたため、殆ど利用されなかったということがありましたので、今度は一定程度以上の重たい罪の犯罪については、全件裁判員裁判を行うことになりました。
法曹界では、裁判員の方が刑事裁判の進行に戸惑うことのないように、難しい法律用語は、やさしくわかりやすい言葉に変える言い換え集を作っていますし、あまり裁判が長くなると、日常生活に差し支えることから、証拠を厳選し、論点を事前に絞り込む公判前整理手続が導入され、現実に実行されています。また、従来裁判が長くなる理由が、取調べ段階の自白が強要によるものかどうかが延々と争われていた実情を改善するため、取調べの録音録画が実施されようとしています。
このように、裁判員制度の導入は従来の刑事裁判手続を根本から見直す契機となりました。

 
さて、ここで例題を出します。
畠山被告の、秋田連続幼児殺人事件については、みなさんも吃驚した事件だと思いますが、母親がわが子を殺し、更に隣家の子供を殺したというものでした。日本では、死刑判決はそう滅多に出るものではないのですが、複数機会に複数を殺害した場合は、死刑判決が出される確率が高いといわれています。
この事件について、つい先日秋田地方裁判所は無期懲役を宣告致しました。検察側の求刑は死刑でした。
判断の分かれ道は幾つかあります。一つは、最初のわが子の殺害は、故意の殺人だったのか、過失致死だったのか。若し最初の事件が過失致死であったとすると、殺人は1回に止まりますので、次の殺害行為は、わが子を死に追いやった心理的動揺が後を引いていたために発作的に行ってしまった殺人であるという認定に繋がりやすくなり、死刑判決は出せないだろうということになります。

 
次に、わが子の殺害自体、邪魔になったので意図的に殺害したものと認定すれば、更に別の子供を殺害した件をどう認定するかで違いが出るでしょうか。
例えば、わが子の殺人が意図的だったとしても、そのことを激しく後悔し、自責の念に駆られたあまり、心神耗弱状態に陥った結果、思わず隣家の子供を手にかけてしまった場合はどうでしょうか。この場合、一つの殺人には、心神耗弱という人間の弱さが出て起こしてしまった犯罪ということで、死刑の判決は出し難くなると思います。逆に、隣家の子供を殺害したのが、このままでは最初のわが子の殺人について、自分に疑いの目が向けられることを恐れ、世間の目を欺くために、敢えて隣家の子供まで殺害したとすれば、まさに複数機会に複数の殺人という基準からすると、死刑しかないように思えます。
しかし、秋田地裁判決は、何れの殺人も明確な殺意を持っていたものと認定しましたが、その殺害が計画的なものではなく、衝動的なものであること、被告人には更生の余地もないではないことなどを挙げ、死刑を回避して無期懲役としました。

 
しかし、衝動的に殺人をする人は、計画的に殺人をする人よりも、余計再犯を犯しやすいものとも言えませんか。
私が何時も問題だなと思っていることは、殺人事件の刑事裁判では、被害者自身が自分の無念さを表す手段がないということです。
例えば、畠山被告が非常に悲惨な少女時代を送り、更に成人してからも結婚生活に失敗し、その日の生活に事欠く有様であり、周りに誰も手助けする人がいないため、同情すべき要素がすごく大きい被告人だったらどうしますか。
この時の被告人の同情すべき境遇を重視して判決を下しますか。幾ら畠山被告が同情すべき境遇にあったとしても、殺害された方には何の関係もないのだから、そのようなことを重視するのは良くないと思いますか。

 
以上のようなことについて判断を下すには、単に法律だけ詳しくてもどうにもなりません。
健全な感覚に基づいて判断するしかないのではないでしょうか。なお、死刑廃止の是非については敢えて触れませんでしたが、私自身は死をもって償わなければならないほどの重大な犯罪はあるのだから、死刑だけは反対であるという態度は取りません。
さて、あなたが裁判員なら、どう判断しますか。