かすみ日記

ペルー紀行

投稿日:2008/03/05/ | カテゴリー:日記

弁護士 中村美智子

自己紹介でも述べましたが、私は旅行が趣味です。特に、いわゆる歴史・文化遺産に触れる旅が好きなので、今回は、歴史・文化遺産の宝庫であるペルーを旅した思い出を綴ってみたいと思います。

 
【クスコ編】
現地の言葉で「ヘソ」を意味するクスコは、11、2世紀ころ、インカ帝国の都として栄えた都市です。
リマ入りした翌朝にクスコに向かいましたが、20時間弱のフライトの後、時差ぼけを抱えつつ一気に標高3395メートル、富士山の頂上相当の高地に飛ぶのはなかなかハードな移動でした。クスコには、インカ時代に作られた精巧な石組みが多く残っています。当時作られた路地を歩いてみると、ゆるみが全くないことに驚かされ、人口1000万人ともいわれる大帝国の「ヘソ」として機能した、都市クスコの力強さが伝わってくるような気がしました。
クスコ周辺のインカ遺跡の中で特に印象深かったのが、サクサイワマン城塞です。ここはピューマをかたどったクスコの街の中で、ピューマの頭部に相当する要所に位置し、最大で100トンを超える巨石を3層に積み上げ、これを盾に、敵の侵攻を妨げたと言われています。重層的な構造を目の前にして、その建築技術とスケールに改めて圧倒されました。

 
【マチュピチュ編】
標高2280メートルの険しい山の頂上に築かれたマチュピチュ遺跡は、その姿を山裾から確認することができず、1911年になって初めて「発見」されました。山の急斜面に広がる段々畑も合わせると総面積5平方キロメートルの広さを誇り、神殿、宮殿、居住区を備え、周囲を城壁で固めた構造になっています。都市建設の目的について、はっきりとした答えがでておらず、まだまだ謎の多い遺跡といえます。
クスコから高山列車とバスを乗り継いで約4時間。やっとマチュピチュと対面できます。
訪問前のイメージでは、幻想的な天空の城でしたが、実際現地で見たマチュピチュは、幻想的というより精巧で機能的な計画都市、という印象でした。
「空中都市」とはなんとうまいことをいうのだろうと改めて感心しつつ、パノラマティックな遺跡を存分に歩き回っていると、霧が晴れたタイミングで、典型的な構図の写真を撮ることができました。

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【チチカカ湖編】
次は、標高4335メートルのララヤ峠をバスで越え、富士山より高い約3800メートルの地点にあるチチカカ湖へ向かいました。ここでは、短期日程の観光客の多くが高山病に苦しみ、観光意欲すら失ってしまうようです。
こんなときに、現地の子供がサッカーをして走り回る姿を目にすると、人間の順応能力に改めて感心してしまいます。
チチカカ湖では、なんといっても日の出が忘れられません。チチカカ湖には、太陽神がここで地上に光をもたらした、というインカの創世神話がありますが、朝、太陽が静かに湖面に姿を現し、辺りを照らしてゆく様子は、のみこまれそうになるほど美しく、心が研ぎ澄まされるような気がしました。
日が昇りきると、目に痛いほどの青空の下、フェリーで浮島を目指しました。
浮島はトトラという葦を束ね、湖面に3メートル以上重ねて浮かべた造りをしています。浮島の上を歩くと、ふわふわと沈み込むような感じがしますが、浮島自体は、都会の小学校の校庭ほどの大きさがあり、島の中央にいる限り、地上と比べてそれほど違和感はありません。
ここでは、浮島で暮らすという伝統的な様式と、世界中からの観光客を迎え入れ、観光によって生計を立てる人々の現代的な生活の様子を同時に体験することができました。

 
【ナスカ編】
ナスカは、私が、ペルー旅行の中で一番訪れたかった場所です。
ナスカの巨大な地上絵は、世界七不思議と名のつく本には、必ずといっていいほど登場し、幼かった私を考古学者気分にさせてくれました。
実際に見た地上絵は、セスナ機で飛び回っても余りあるほど規模が大きく、絵の一つ一つが、動的にデフォルメされ、斬新さすら感じさせるような造形をしていました。夢中になって見つめるうちに、瞬く間に時間が過ぎてしまったような気がします。
ただ、セスナ機は、左右どちらの座席からも平等に地上絵を観察できるよう、地上絵の周囲を旋回しながら飛び回ります。このため、ひどい乗り物酔いに苦しむ人も多いようです。セスナ機でナスカの地上絵を訪れる方は、ぜひ乗り物酔い対策をしていくことをお勧めします。

 

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以上、駆け足で、ペルー旅行の思い出を綴ってみました。これからも、遺跡を求めて旅をしてみたいと思っています。お勧めの場所がありましたら、ぜひお知らせください。